■メディアに躍らされる女性たち「スイーツ(笑)」@ネット流行語大賞で堂々の銀賞 雑誌「NIKITA」(ニキータ)が、来年3月号で休刊する。あの「ちょい不良(ワル)オヤジ」を流行させた男性誌「LEON」(レオン)の女性版として、2004年秋に主婦と生活社から創刊、セクシーでゴージャスなファッションを展開していた。注目すべきは、その造語センスだった。ニキータなファッションに身を包んだ、いい女を「艶女(アデージョ)」、彼女たちにふさわしい男を「艶男(アデオス)」と呼ぶ。敵は20代の「コムスメ」で、艶女は「乳間(にゅうかん)ネックレス」(胸の谷間に下がるネックレス)や「艶尻(あでじり)」(色っぽいヒップ)で勝負。。。ニキータほどではないものの、女性向けメディアはこれまでも、数々の新語を誕生させてきた。「ふわモテカール」「小悪魔メイク」「プリンセス通勤」…。あの手この手で女性の消費欲を刺激し、いかに商品を売るか。。。こうしたコピーをうのみにして、メディアに躍らされている女性たちを今、「スイーツ(笑)」と揶揄(やゆ)するのが、ネットで流行している。女性向けメディアでお菓子やデザートを「スイーツ」と呼ぶことに由来。「(笑)」の部分はあからさまな皮肉で、欲深な女性や横暴なマスコミを嫌うネットユーザーらしい反応だ。(izaより) 詳細はコチラ ⇒ FC2 Ranking ⇒ Blog Ranking
そんな「スイーツ(笑)」が「ネット流行語大賞2007」において堂々の銀賞に。。。
銀賞には「スイーツ(笑)」という用語が入選。ケーキやお菓子といえばいいのに、あえてオシャレな感じを装ってそれらを「スイーツ」とよぶ女性たち。そんな彼女たちに対する男性の冷ややかな目から生まれたと思われる流行語だ。「スイーツな女」「スイーツ脳」など、さまざまなシチュエーションで使えるので、定番化しそうな用語ともいえるだろう。(livedoor NEWSより)
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■「因縁の二人」岡田監督&キング・カズが仲良く2ショット@浦和×ACミラン戦 クラブW杯準決勝(13日、横浜国際総合競技場)、日本代表の岡田新監督も観戦。代表監督ではなく、一サッカーファンとして試合に熱中した。前々夜、旧知のミランのアンチェロッティ監督と会食した岡田監督によると、ミランは相当、浦和を研究していたという。スタンドでは、あの98年フランスW杯で日本代表から外した横浜FCのFW三浦知と談笑するシーンもあった。。。(msn newsより) 詳細はコチラ ⇒ FC2 Ranking ⇒ Blog Ranking
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岡田監督就任時、三浦知のコメント。。。
横浜FCのFW三浦知はかつての上司、岡田氏にエールを送った。「W杯予選の経験も本大会の経験もあるし、今回は時間もある。難しい状況だけど、加茂さんから厳しい状態で渡されたあの時よりはいいんじゃないかな」。97年のW杯最終予選をともに戦い、98年W杯フランス大会直前には最終メンバーから外された因縁の間柄だが、恨み言は一切なし。「いいんじゃない?」と岡田監督誕生を後押ししていた。(Sponichi Annexより)
■伝説のブルースマン、アイク・ターナー死去@ティナ・ターナーと夫婦デュオで活躍 歌手ティナ・ターナー(Tina Turner)の元夫で、伝説的ミュージシャンのアイク・ターナー(Ike Turner)が12日、カリフォルニア州サンマルコスの自宅で亡くなった。享年76歳だった。アイクのキャリアに最も影響を与えた人物は、ティナ・ターナー(本名:アンナ・メイ・ブロック、Anna Mae Bullock)だった。アンナは、トレードマークとなるハスキー・ボイスでアイクに見出され、キング・オブ・リズムのバックコーラスとなる。1960年にリードボーカルを務めた曲「A Fool in Love」は大ヒットとなった。当時アイクの子どもを妊娠していたアンナは、名前をティナ・ターナーに改め、アイクとともに「アイク&ティナ・ターナー」のデュオを結成。2人は1962年にメキシコで結婚し、その後約10年間にわたり数々のヒット曲を世に送り出した。その中には、フィル・スペクター(Phil Spector)がプロデュースした「River Deep, Mountain High」や、1971年に米ポップチャートで4位に入った「Proud Mary」などがある。(写真下はアイク&ティナ・ターナー時代から)
しかし、2人の結婚生活は荒れたものだった。1986年、ティナは自伝で、数年に及びアイクから家庭内暴力を受けてきたことを明らかにした。ティナは、1976年に激しい口論の末アイクの元を離れ、1978年に正式に離婚。この離婚条件は、音楽史上、最も悪名高いものとなった。結婚期間に2人で築き上げた財産は、すべてアイクが所有するというものだったのだ。アイクは1980年代にミュージシャンとしてのキャリアを再開しようとしたが、薬物やアルコールに依存し、最後には薬物使用の罪で服役する。1991年に「ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)」入りを果たした際も、服役中で式典に参加できず、ティナが代わって出席した。1993年に釈放となったのちに再度音楽活動に専念し、2007年のグラミー賞ではアルバム『Risin' With the Blues』で、最優秀トラディショナル・ブルース・アルバム賞を獲得していた。(AFP BB Newsより) 詳細はコチラ ⇒ FC2 Ranking ⇒ Blog Ranking
今日のお言葉。。。〔via:2ちゃん〕
10 :名無しさん@恐縮です:2007/12/13(木) 16:56:00 ID:AtM9M8O1O
アイクは言われるほど悪い奴じゃない
ティナは思われてるほど良い女じゃない
って誰かが言ってた
黒人ミュージシャンの誰か
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