人気記事ランキング週間トップ10
人気記事ランキング週間トップ10 【別館】
お気に入りブログ新着情報
【今日の動画】Street Viewの中を猫が歩く
Cats enjoying the Street View of Google maps
スリムウォーク・ちゃっかりOL道
■グレート草津さん死去…国際プロレスのエースとして活躍した名レスラー ラグビー出身の名レスラーとして人気のあったグレート草津さん(本名・草津正武、写真中)が21日午後1時5分、多臓器不全のため、静岡県内の病院で死去した。66歳。葬儀・告別式は24日午前11時から三島市賀茂之洞4703の7、みしま聖苑で。喪主は妻智子(ともこ)さん。草津さんは昨年5月に食道がんで入院。その後がんが肺などにも転移した。草津さんは国際プロレス旗揚げ直前、ラグビーの経験を買われてカナディアン・フットボールチームのキャンプに参加。関係者から入団を勧められたこともある。プロレスを引退後は、同県三島市に住み、会社勤めをしていた。次男の賢治さんは元K−1選手で、父のリングネームを継いでいた。賢治さんは「よく頑張ったと思います。安らかな顔でした」と強かった父の最期を語った。(CHUNICHI Web)
グレート草津
本名・草津正武。1942(昭和17)年2月13日、熊本市生まれ。全盛時は192センチ、118キロ。熊本工、八幡製鉄でラグビーで活躍。八幡製鉄の黄金時代を担い、日本代表にも選ばれた。65年日本プロレスに入団し、ジャイアント馬場の付け人を務める。66年、国際プロレスの旗揚げに参加。テクニシャンとして鳴らしサンダー杉山、ラッシャー木村、ストロング小林、マイティ井上、アニマル浜口と組んでIWA世界タッグ王座を5度獲得。81年の団体崩壊とともに引退。得意技は足四の字固め、コブラツイスト。(CHUNICHI Web) 国際のエースとして期待され、1968年1月3日、TBSの定期放送第1回のメインイベントでルー・テーズの持つTWWA世界ヘビー級選手権に挑戦するも、必殺バックドロップを食らい1本目を失い、そのまま試合続行不可能となり敗戦。プロレスラーとしての相対的な評価は高いとはいい難い。しかし、格闘技経験こそないものの身体能力・運動センスは高く、坂口征二、ジャンボ鶴田と比較しても見劣りしない(ドロップキックなどの技のキレは現在でも高い評価が残っている)、もっとプロレス史に名を残してもいい逸材だった。上記のテーズ戦がレスラー人生を決したかのような言い方をされるが、そうとは断じ難い。(Wikipedia)
【関連記事】
・グレート草津さん死去、がんと闘病も…(日刊スポーツ、22日)
・グレート草津がん闘病、昨年5月緊急入院(日刊スポーツ、20日) 今日もありがとうございます (^▽^)/ たまにはランキング見てネ♡♡♡









